マユリカ阪本のストレスはなぜ?幼少期や仲良しエピソードも

お笑い芸人
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お笑いコンビ・マユリカの阪本さんは、独特なキャラクターと予測不能な言動で人気を集めています。そんな阪本さんについて、ストレスがたまったときに見せる奇妙な行動がたびたび話題になっています。

阪本さんは、ストレスがたまると特定の言葉を口にしたり、プレッシャーがかかった場面で思わぬ行動に出たりすることがあるようです。また、幼少期から相方の中谷さんと過ごしてきた関係性も、阪本さんの人柄を知るうえで気になるところですよね。

そこで当記事では、マユリカ阪本さんのストレスについて、幼少期のエピソードや中谷さんとの仲良しエピソード、免許取得までの出来事を含めて紹介していきます。

  • マユリカ阪本さんの独特なストレス解消法
  • 阪本さんの幼少期や家庭でのエピソード
  • マユリカの幼馴染としての仲良しエピソード
  • 阪本さんの免許取得と現在のストレス事情

マユリカ阪本のストレス解消法は独特すぎる?

マユリカ阪本さんのストレス解消法として特に知られているのが、ストレスがたまったときに特定の言葉を口にする行動です。阪本さん自身は、これを溜息のような感覚で行っており、口に出すことで少しストレスが解消される感覚があると説明しています。

阪本さんが口にする言葉として挙げられているのが「ちんちん」「おパンツ」「スポーツ」です。かなり独特な方法ですが、本人にとってはストレスを外へ逃がすための行動になっているようですね。

ストレスがたまると特定の言葉を口にする理由

阪本さんは、ストレスが一定以上たまると「おパンツ」「スポーツ」といった言葉を口にしてしまうことがあります。本人の説明では、言葉の意味よりも口に出したときの感覚が重要で、溜息をつくような感覚に近いそうです。

実際に、この行動は仕事中だけに限られません。タクシーで移動しているときなどにも突然口にしてしまうことがあり、相方の中谷さんからもたびたび話題にされています。

さらに、単独ライブのエンディングで観客にお辞儀をしている最中にも、阪本さんが突然意味不明の言葉を呟いていたエピソードがあります。ピンマイクが音を拾っていたため、配信を見ていたファンが驚く事態になったとされています。

舞台やテレビで見せた奇行エピソード

マユリカ阪本さんのストレス反応は、言葉だけではありません。テレビ番組で告知を考えていた際には、プレッシャーから手元の台本を細かくちぎり、最終的に「ゴキブリホイホイ」のようなものを作っていたというエピソードもあります。

阪本さんは、VTRを見ながら最後の告知を考えていたことでストレスがたまったと説明しています。手が震えるほど緊張していたとされ、本人なりにプレッシャーを逃がそうとしていた可能性があります。

このエピソードからも、阪本さんは強い緊張やストレスを感じた際、一般的な方法ではなく独特な行動によって気持ちを紛らわせるタイプなのかもしれません。

怒られることが苦手な性格との関係

阪本さんは昔から注意されることが苦手で、怒られると必要以上に落ち込んでしまう性格だと語っています。アルバイト時代にも、怒られないために最低限の仕事をこなすことを重視していたと振り返っています。

また、怒られた場合にはその場では謝るものの、後から不満を抱えていたという話もあります。阪本さんにとって「怒られること」そのものが大きなストレスになりやすかったと考えられます。

幼少期からの性格や経験が現在のストレス反応にどこまで影響しているのかは本人が明言しているわけではありません。

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プレッシャーを感じたときに独特な行動へ逃げる姿は、阪本さんらしいキャラクターの一部として受け止められているようですね。

マユリカ阪本の幼少期はどんな少年だった?

マユリカ阪本さんの幼少期を振り返ると、現在のストレスとの向き合い方につながっていると考えられるエピソードがいくつもあります。阪本さんは兵庫県神戸市西区の新興住宅街で育ち、3歳の頃に同じ幼稚園へ通っていた中谷さんと出会いました。

幼い頃から中谷さんと一緒に過ごしてきた阪本さんですが、家庭や学校生活では独特な経験もしています。特に野球をめぐる母親とのエピソードは、阪本さんの性格を知るうえで印象的です。

野球をめぐる母親とのエピソード

阪本さんは小学生の頃、野球が得意で少年野球のチームに入りたいと思っていました。しかし、母親から「お茶当番が面倒」という理由で反対され、希望をかなえることができなかったといいます。阪本さんは泣きながら頼み、手紙まで書いて説得しようとしたそうです。

その後、高校進学時には本人の希望とは異なるソフトテニス部に入部することになりました。ただ、先輩が引退すると阪本さん自身も退部しています。本人の希望と周囲の判断が食い違う経験は、幼少期から学生時代にかけて印象に残る出来事だったといえそうです。

阪本さんは、自身について注意されることが苦手で、怒られると必要以上に落ち込む性格だと語っています。幼少期の家庭環境と現在のストレス反応に直接的な因果関係があると本人が明言しているわけではありませんが、阪本さんの人柄を考えるうえで興味深いエピソードですね。

中谷との幼少期から続く関係

阪本さんと中谷さんは、3歳の頃から付き合いが続いている幼馴染です。小学生の頃には一緒に遊び、中学進学後に生活圏が離れてからも、土日や長期休暇には連絡を取り合う関係が続いていました。

中谷さんが遠方の私立中学校へ進学したことで、毎日のように顔を合わせる環境ではなくなりました。それでも2人の関係が途切れることはなく、自転車で古本市場へ行くなど、長い時間を共有していたそうです。

こうした幼少期からの強い信頼関係は、現在のマユリカにもつながっています。阪本さんがストレスを感じた場面でも、中谷さんが近くにいることで成立するやり取りが多く、2人ならではの空気感が人気の理由の一つになっています。

お笑いを始めるきっかけ

阪本さんがお笑いの道へ進むきっかけになったのは、高校時代に同級生から大喜利の面白さを教えてもらったことでした。大学へ進学した後もお笑いへの興味は強くなり、阪本さんは中谷さんを自宅の下へ呼び出してコンビ結成を持ちかけています。

阪本さんが中谷さんを相方に選んだ理由には、何でも合わせてくれる中谷さんと一緒にいることが心地よかったこともあったようです。2010年には2人とも大学を中退してNSC大阪校へ入り、芸人として本格的に活動を始めました。

当初は別のコンビ名で活動していましたが、NSC入学を機に「マユリカ」へ改名しました。名前は阪本さんの妹の「マユ」と中谷さんの妹の「ユリカ」を組み合わせたものです。

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3歳から続く幼馴染関係が、そのままコンビ結成へつながった形ですね。

マユリカの幼馴染エピソードがすごい!

マユリカの幼馴染エピソードで特に印象的なのは、2人が芸人として売れる前から苦しい時期を一緒に乗り越えてきたことです。単なる仲良しというだけでなく、生活そのものを支え合うような関係を築いてきました。

現在も2人の距離感は独特で、手錠でつながれた共同生活企画まで成立しています。阪本さんのストレスや奇行も、中谷さんとの関係性を抜きにして語ることはできません。

3歳から続く2人の関係

阪本さんと中谷さんが出会ったのは3歳の頃です。同じ幼稚園に通っていたことから交流が始まり、小学生時代には一緒に遊ぶ友人として関係を深めていきました。

2人は小学生の頃、お楽しみ会でコントを披露した経験もあります。まだ芸人を職業にするとは考えていない時期から、一緒に笑いを作る経験があったことは、現在のマユリカを考えると興味深いポイントです。

中谷さんが中学校進学で離れた後も交流は続き、大学時代には阪本さんからコンビ結成を持ちかけています。長年の付き合いがあるからこそ、阪本さんは中谷さんに気を使いすぎることなく、自然体で接することができるのでしょう。

極貧時代に廃棄弁当を分け合ったエピソード

NSC卒業後のマユリカは、すぐに人気芸人になったわけではありません。同期の芸人たちが活躍する中で、マユリカは劇場のレギュラーメンバーになるまで時間がかかり、経済的にも厳しい下積み時代を過ごしました。

当時、阪本さんが働いていたコンビニから廃棄弁当をもらい、それを中谷さんも食べていたといいます。さらに阪本さんがいらないと判断した廃棄の弁当まで中谷さんが食べるという、かなり過酷な生活を2人で乗り越えました。

苦しい時期を共有した経験があるからこそ、現在のマユリカには長年積み重ねてきた独特の信頼感があります。阪本さんがストレスを感じたときも、中谷さんならその姿を受け止められる関係性ができているのかもしれません。

手錠生活など現在まで続く仲良しエピソード

マユリカの仲良しエピソードは、幼少期や下積み時代だけではありません。2人は「友錠」と呼ばれる手錠でつながれた状態で共同生活を送る企画にも挑戦しています。

無人島での企画では、火起こしや食料の調達などに苦戦しました。阪本さんが作業を進める一方で中谷さんに苛立つ場面もありましたが、文句を言い合いながらも最終的には2人で困難を乗り越えています。

長年の幼馴染だからこそ、遠慮なく不満を口にできるのもマユリカの特徴です。

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阪本さんのストレス反応が独特でも、中谷さんとの関係では無理に取り繕わず自然体でいられることが、2人の強さにつながっているのでしょう。

マユリカ阪本の免許取得でストレスは減った?

マユリカ阪本さんは、長年のコンプレックスだった普通自動車免許を36歳で取得しました。免許を持っていないことをコンプレックスとして語っていた阪本さんにとって、大きな変化だったといえます。

ところが、免許を取得したことでストレスがすべてなくなったわけではありません。初めて高速道路を運転する際には、中谷さんに助手席へ乗ってほしいと頼むなど、阪本さんらしい展開になっています。

36歳で普通自動車免許を取得

阪本さんは2026年4月、36歳にして普通自動車免許を取得しました。以前から免許を持っていないことをコンプレックスとして挙げており、ラジオでは取得にまつわる話がたびたび盛り上がっていました。

免許取得後は、自分の運転で旅行へ行くことを目標にしていました。長年気にしていたことを自分の力でクリアしたという意味では、阪本さんにとって大きな達成だったと考えられます。

一方で、阪本さんは高速教習を実地で受けないまま免許を取得したため、高速道路の運転には強い不安があったようです。新しいことに挑戦するときにもストレスを感じやすい阪本さんらしさが表れています。

初めての高速道路で中谷に助けを求めた理由

免許取得後、阪本さんは初めて高速道路を運転する際に中谷さんを助手席へ乗せました。高速道路の運転に不安がある阪本さんにとって、幼少期から付き合ってきた中谷さんは安心できる存在だったのでしょう。

この出来事は、36歳で免許を取得して自立への一歩を踏み出した阪本さんと、困ったときには中谷さんを頼る阪本さんの両方が見えるエピソードです。免許取得そのものよりも、ストレスを感じたときに相方を頼る関係性がマユリカらしいですね。

阪本さんが高速道路への不安を抱えていることは、ポッドキャストでも扱われています。免許を取得しても苦手なものがすぐになくなるわけではなく、阪本さんなりのペースで慣れていく過程が見られます。

結婚や子どもの誕生で変化した阪本の生活

阪本さんの私生活では、免許取得だけでなく結婚や子どもの誕生という大きな変化もありました。2024年11月に一般女性と結婚し、2025年6月には第一子となる長男が誕生したことを報告しています。

結婚については、中谷さんにも事前に知らせていなかったため、ラジオで報告した際に中谷さんが驚く場面がありました。長年一緒にいる相方だからこその反応で、2人の関係性がよく分かる出来事です。

家庭を持ち、父親となり、さらに36歳で免許も取得した阪本さんですが、独特なストレス解消法まで大きく変わったわけではありません。

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社会的な環境が変化しても阪本さんらしさが残っていることが、ファンから愛される理由の一つなのかもしれません。

まとめ|マユリカ阪本のストレスと幼馴染の関係

当記事では、マユリカ阪本さんのストレスについて、幼少期や幼馴染エピソード、免許取得まで紹介しました。

阪本さんはストレスがたまると特定の言葉を口にする独特な癖があり、プレッシャーがかかった場面では台本をちぎるなどの行動を見せたこともあります。また、怒られることが苦手な性格についても本人が語っています。

幼少期から中谷さんと付き合い、極貧だった下積み時代も一緒に乗り越えてきた2人は、現在も独特な関係性を築いています。36歳で免許を取得した阪本さんが高速道路の運転で中谷さんを頼ったことからも、長年の幼馴染が大きな支えになっていることが分かります。

阪本さんのストレス反応やマユリカの仲良しエピソードを知ると、2人が長くコンビを続けられている理由も見えてきますね。今後も阪本さんらしい言動と、マユリカならではの関係性に注目です。

(出典:吉本興業

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