みなみかわのシステマをやめた理由は何?

お笑い芸人
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お笑い芸人のみなみかわさんといえば、打撃を受けても「痛くない」と語るシステマ芸で注目を集めたことで知られています。ところが、近年はシステマを使った過激な芸を披露する機会が減り、「みなみかわのシステマをやめた理由は何?」と気になる人も多いのではないでしょうか。

さらに、みなみかわさんには怪我にまつわる話や、コンビ解散後の苦悩もありました。そこで当記事では、みなみかわのシステマをやめた理由を中心に、システマ芸の転機や過激化した背景について紹介します。

  • みなみかわがシステマ芸を披露するようになったきっかけ
  • システマをやめた理由
  • システマ芸が過激化した経緯
  • システマから別の芸風へ変化した背景

みなみかわがシステマをやめた理由は?

みなみかわさんがシステマをやめた理由として大きいと考えられるのが、過激な芸による怪我のリスクと、テレビで扱う際のコンプライアンス上の問題です。みなみかわさんはシステマの呼吸法を取り入れた身体張り芸でブレイクしましたが、相手から受ける攻撃は次第に激しくなっていきました。

特に格闘家から本気の打撃を受ける企画では、身体への負担も大きくなっています。本人も朝倉未来さんからの攻撃について、これまでで一番危険だったという趣旨の発言をしており、システマ芸を続けることには相応のリスクがあったと考えられます。

また、収録中のアクシデントも、システマをテレビで披露する機会が減った背景の一つとされています。ただし、公開されている情報だけでは「この事故だけが直接的な理由」と断定することはできません。

つまり、みなみかわのシステマをやめた理由は、単純に呼吸法をやめたというより、過激化した身体張り芸から別の表現へ移行した結果と見るのが自然でしょう。

システマ芸でブレイクしたきっかけ

みなみかわさんがシステマ芸で注目されるようになったのは、ロシアの武術として知られるシステマの呼吸法を使い、打撃を受けても痛みに耐える芸を披露したことがきっかけです。

もともとはコンビ「ピーマンズスタンダード」の活動中からシステマを取り入れており、当時の相方だった吉田寛さんから打撃を受ける形で芸を磨いていきました。その後はテレビ番組でも披露され、みなみかわさんの代名詞ともいえる芸になっています。

システマ芸の特徴は、単に我慢しているように見せるのではなく、呼吸を意識しながら身体の緊張を抑える点です。みなみかわさんは、この独特な技術を笑いに結びつけたことで、身体を張ったリアクション芸人として知られるようになりました。

一方で、芸が知られるほど受ける攻撃も強くなりました。武尊さんや朝倉未来さんなど格闘家からの打撃にも挑戦するようになり、システマ芸は大きな注目を集める一方で、身体的なリスクも高まっていったと考えられます。

過激化したシステマ芸とコンプライアンスの問題

システマ芸が次第に過激になったことも、みなみかわさんが芸風を変えていった大きな要因と考えられます。初期には相方からの打撃だったものが、やがてプロ格闘家から本気の攻撃を受ける企画へと発展していきました。

本人も朝倉未来さんから受けた蹴りについて、「今までで朝倉未来が一番やばかった」という趣旨で振り返っています。笑いを取るための企画でも、攻撃する側の力量が上がれば、みなみかわさんの身体にかかる負担も大きくなります。

さらに、テレビ番組では出演者の安全管理や放送上の表現にも配慮が求められます。大きな怪我につながる可能性がある芸は、以前と同じ感覚で続けにくくなったと考えられます。

こうした事情から、みなみかわさんは身体的な痛みに耐えるシステマ芸だけに頼るのではなく、言葉や人間関係を武器にした「腐り芸」などへ活動の軸を広げていきました。

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システマをやめたことは、芸人としての方向転換でもあったのでしょう。

みなみかわのコンビはピーマンズスタンダード

みなみかわさんがシステマ芸で注目されるようになった背景には、長年活動したお笑いコンビ「ピーマンズスタンダード」の存在があります。ピーマンズスタンダードは2005年7月に結成され、みなみかわさんと吉田寛さんの2人で活動していました。

2016年と2017年にはM-1グランプリで準々決勝まで進出するなど、漫才師としても実績を残しています。しかし、2019年に吉田さんから解散を申し出られ、コンビは活動を終了しました。

相方・吉田寛とのコンビ活動

ピーマンズスタンダードは、みなみかわさんと吉田寛さんが2005年から約13年半にわたって活動したコンビです。吉田さんは総合格闘技やブラジリアン柔術の経験があり、みなみかわさんのシステマ芸にも大きく関わりました。

コンビ時代にはシステマを使った身体張り芸だけでなく、漫才にも取り組んでいました。M-1グランプリでは2016年と2017年に準々決勝へ進出しており、単なるリアクション芸だけではない実力を持っていたことが分かります。

しかし2019年、吉田さんが「今後について一回ゼロから考え直したい」と解散を申し出ます。吉田さんはその後、芸人を辞めてテレビ番組制作のADへ転身し、みなみかわさんはピン芸人として活動することになりました。

コンビ解散はみなみかわさんにとって大きな転機でしたが、結果的にはシステマ芸だけに頼らない芸人としての方向性を模索するきっかけにもなりました。

解散後に「終活」を考えていた理由

コンビを解散したみなみかわさんは、ピン芸人として活動することに大きな不安を感じていました。本人は、ピンで活動してうまくいかなければ、後悔なく芸人を終えられるのではないかと考えていたと語っています。

実際、解散後には給料がゼロになる月もあり、芸人を辞めたいという気持ちが何度も湧いていました。しかし、妻の南川雅代さんはみなみかわさんの引退を認めず、「もう少し続けよう」と引き止め続けたそうです。

その後、みなみかわさんはヒコロヒーさんと共演する機会が増え、芸能界や所属事務所への不満を笑いに変える「腐り芸」に活路を見いだします。

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『ゴッドタン』への出演などをきっかけに、システマとは違った形で再び注目されるようになりました。

みなみかわの嫁・南川雅代がブレイクの立役者?

みなみかわさんの現在につながる大きな転機には、妻・南川雅代さんの存在もあります。雅代さんは、みなみかわさんが芸人を辞めようとしていた時期にも引退を認めず、さらにSNSを使った積極的な営業まで始めました。

大物プロデューサーや芸能人に直接DMを送るという独特の営業方法は大きな話題になり、みなみかわさんの仕事を増やすきっかけになったとされています。2023年には雅代さんを代表とする合同会社ナンセも設立されました。

妻が引退を止め続けた理由

みなみかわさんは、仕事がなく収入も少なかった時期に何度も「もう辞めたい」という気持ちになっていました。しかし、妻の雅代さんはそのたびに引退を止めたといいます。

みなみかわさん自身も、絶対に辞めるなと言われることについて「これはハラスメントだと思いましたよ(笑)」と振り返っています。それほど強く引き止められたからこそ、みなみかわさんは芸人として活動を続けることができました。

さらに雅代さんは、夫を売り出すためにSNSを積極的に活用しました。芸能関係者へ直接DMを送るという方法は一般的な芸能事務所の営業とは異なりますが、みなみかわさんの名前を業界内で広めるうえで大きな役割を果たしました。

その結果、みなみかわさんは仕事の幅を広げていきます。システマで身体を張るだけではなく、本人のキャラクターそのものを売り出す方向へ進めた点で、雅代さんのプロデュースは大きな転換点だったといえるでしょう。

DM営業で仕事を獲得した方法

雅代さんの営業で特徴的だったのが、芸能界の関係者へ直接DMを送る方法です。みなみかわさんを売り込むため、テレビ関係者や著名人などに積極的に連絡を取り、仕事につながる機会を作っていきました。

この営業方法は、みなみかわさんが所属事務所に任せるだけではなく、自分たちで仕事を取りに行くスタイルへ変化するきっかけになりました。雅代さんはその後、個人事務所の運営にも携わっています。

2023年3月には合同会社ナンセを設立し、雅代さんが代表取締役に就任しました。みなみかわさんが2024年5月末で松竹芸能を退所した後は、ナンセを拠点に活動する形へ移行しています。

システマをやめた理由を考えるうえでも、この変化は重要です。

身体的な芸に頼るのではなく、夫婦で仕事を作り出す体制へ移ったことで、みなみかわさんは芸風そのものを広げる環境を手に入れたと考えられます。

みなみかわとヒコロヒーの関係は?

みなみかわさんの芸風がシステマから「腐り芸」へ広がった背景には、ヒコロヒーさんとの関係もあります。2人は松竹芸能の後輩・先輩という関係から共演を重ね、芸能界や所属事務所への本音を語るコンテンツを展開しました。

業界の不満や矛盾を隠さず話すスタイルが注目され、みなみかわさんは『ゴッドタン』の「腐り芸人」企画などにも出演するようになります。身体を張るシステマとは異なる武器を手に入れたことが、再ブレイクにつながりました。

「腐り芸人」で再ブレイクした経緯

みなみかわさんは『ゴッドタン』への出演時、自分では「ここで辞めます」というくらいの気持ちで臨んでいたと語っています。ところが、その投げやりにも見える姿勢が逆に面白いと評価され、腐り芸人として注目されるようになりました。

これまでのみなみかわさんは、システマを使って身体的な痛みに耐えることが大きな武器でした。しかし腐り芸では、芸能界への本音や自分自身の境遇を言葉にすることで笑いを生み出します。

つまり、システマをやめたことは単なる芸の減少ではなく、みなみかわさんが身体的なリアクションから言葉を使った芸へ進化する転換点だったとも考えられます。

「ヒコロヒーとみなみかわ」でM-1に挑戦

みなみかわさんとヒコロヒーさんは、ユニット「ヒコロヒーとみなみかわ」としてM-1グランプリにも挑戦しています。2019年には3回戦へ進出し、2020年と2021年には準々決勝まで進出しました。

2人の活動は単なる仲の良い芸人同士の共演にとどまりません。みなみかわさんにとっては、ピーマンズスタンダード解散後に漫才へ再び取り組む機会にもなりました。

システマだけではない芸人としての幅を広げた存在として、ヒコロヒーさんとの関係は重要だったといえるでしょう。

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2人が見せた率直なトークや「腐り芸」は、システマとは違うみなみかわさんの魅力を引き出しています。

みなみかわのシステマ呼吸法とは?本当に痛くない?

みなみかわさんのシステマ芸を理解するうえで欠かせないのが、システマの呼吸法です。システマでは「呼吸を続ける」「リラックスする」「姿勢を保つ」「動き続ける」という4つの原則が重視されています。

みなみかわさんが見せていた「痛くない」芸も、こうした考え方を応用したものです。ただし、呼吸法によって身体へのダメージそのものが消えるわけではありません。痛みへの反応や緊張をコントロールする考え方として捉える必要があります。

システマの基本となる4つの原則

システマでは、4つの基本原則として「Keep Breathing」「Stay Relaxed」「Keep Posture」「Keep Moving」が挙げられます。なかでも呼吸を止めないことは、システマの重要な考え方とされています。

恐怖や強い緊張を感じると、人間は呼吸を止めたり身体を硬くしたりしがちです。システマでは意識的に呼吸を続けることで、過度な緊張を抑え、状況に対応しやすい状態を保つことを目指します。

みなみかわさんの芸では、この考え方を打撃への対応に利用していました。もちろん、テレビで見せる芸と本来のシステマの訓練は同じものではありません。

そのため、みなみかわさんの「痛くない」という表現は、あくまで芸としての見せ方も含まれています。システマは痛みや怪我を完全になくす魔法の技術ではない点には注意が必要です。

呼吸法で痛みを受け流す仕組み

システマの呼吸法では、鼻から息を吸い、口をすぼめて息を吐くブリージングが基本的な方法として紹介されています。重要なのは、強い刺激を受けたときにも呼吸を止めず、身体を過度に緊張させないことです。

打撃を受けると、人間は反射的に身体へ力を入れたり、息を止めたりすることがあります。システマでは呼吸とリラックスを意識することで、恐怖や緊張に飲み込まれない状態を目指します。

みなみかわさんは、この技術をテレビの笑いへ応用しました。その結果、格闘家から打撃を受けても平然としているように見える独特の芸が成立したわけですね。

ただし、システマの呼吸法を実践すれば強い打撃を受けても安全という意味ではありません。みなみかわさん自身の芸が過激化したことを考えても、呼吸によるコントロールと身体への物理的ダメージは分けて考える必要があります。

まとめ

当記事では、みなみかわさんのシステマをやめた理由について紹介しました。システマ芸は格闘家からの本気の打撃や事故などによる身体的リスクが高まり、テレビで披露する機会が減った背景があると考えられます。

また、みなみかわさんはピーマンズスタンダード解散後に引退を考えた時期がありましたが、妻の雅代さんやヒコロヒーさんとの関係をきっかけに、腐り芸など新たな武器を身につけました。

システマ呼吸法は「呼吸」「リラックス」「姿勢」「動き続ける」という考え方を重視しています。みなみかわさんがシステマをやめたことは、芸人として終わることではなく、新しい表現へ進む転機だったといえそうですね。

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